クラシック・スペース★100

今日は、ザ・シンフォニカの練習だったので、大久保にある「クラシック・スペース★100」まで行ってきた。ここを、シンフォニカの練習で使用するのは初めてだ。説明によれば、「東京交響楽団は、川崎市とフランチャイズ契約を結び、JR川崎駅前に新しくオープンした"ミューザ川崎シンフォニーホール"を利用して日ごろのリハーサルを行なっています。それに伴い、東京(新宿区)の練習場を、貸しホール「クラシック・スペース★100」として、一般の方々にも貸し出しています。」ということらしい。このミューザ川崎シンフォニーホールのコンサート・カレンダーを見るとクラシックだけでなくジャズのコンサートなども行うようだ。座席数が、1,997席ということだが、ステージを回り込むような螺旋構造のデザインは、一見(一聴?)の価値ありだろう。
さて、初めて使用した練習場だが…
初めての練習場にて合奏
今日の練習は、合奏だったが、練習場所が初めて使用する「クラシック・スペース★100」。練習場所の時間区分の関係で練習開始時刻が通常よりも30分早い(17:30)、つまり終わりも30分早かったわけだ。
練習は、「さまよえるオランダ人」⇒「影のない女」⇒「グレート」(1・4楽章)と続いた。「さまよえるオランダ人」の練習中に、「グレート」のスコアをチェックして、パート譜に書き込み。「影のない女」は、内藤先生からのパート譜に書いてない細かい強弱記号の指摘がありかなり時間を消費してしまったので、結局全部通すことが出来なかった。もう少しオケ全体が曲に慣れて柔軟性と確信を持った演奏が出来るようになると期待された。「グレート」も第1楽章にかなり時間を費やしてしまったので、第4楽章は全部通すことが出来なかった。第1楽章のアクセントの吹き方だが、4拍目目に付いている場合と1拍目に付いている場合の吹き分けを要求された。4拍目の場合は、弱拍なので、やや短くビブラートをつけるがごとく歌う感じで吹く。1拍目の場合は、通常の吹き方でよい。第1楽章を練習していると2ndバスーンにかなり動きのある音型を吹かせているところがかなりあり、シューベルトがかなり意識的に使用していることがわかる。これは第2楽章になると例のオブリカートが2ndだけにあり、美味しいところを取られた気がしてならない。第1楽章は、2分の2拍子であるということを今日の練習で再確認。決して4つ振りの音楽ではないな。音楽は、どんどん前に行く音楽。調性も内藤先生のお話にあったが、2つの調性を同時にもたせた部分があり、おそらくこの技法はシューベルトが最初ではないかと。それを意識しつつ音程を取る作業は新しい発見もあり楽しい。
練習は、「さまよえるオランダ人」⇒「影のない女」⇒「グレート」(1・4楽章)と続いた。「さまよえるオランダ人」の練習中に、「グレート」のスコアをチェックして、パート譜に書き込み。「影のない女」は、内藤先生からのパート譜に書いてない細かい強弱記号の指摘がありかなり時間を消費してしまったので、結局全部通すことが出来なかった。もう少しオケ全体が曲に慣れて柔軟性と確信を持った演奏が出来るようになると期待された。「グレート」も第1楽章にかなり時間を費やしてしまったので、第4楽章は全部通すことが出来なかった。第1楽章のアクセントの吹き方だが、4拍目目に付いている場合と1拍目に付いている場合の吹き分けを要求された。4拍目の場合は、弱拍なので、やや短くビブラートをつけるがごとく歌う感じで吹く。1拍目の場合は、通常の吹き方でよい。第1楽章を練習していると2ndバスーンにかなり動きのある音型を吹かせているところがかなりあり、シューベルトがかなり意識的に使用していることがわかる。これは第2楽章になると例のオブリカートが2ndだけにあり、美味しいところを取られた気がしてならない。第1楽章は、2分の2拍子であるということを今日の練習で再確認。決して4つ振りの音楽ではないな。音楽は、どんどん前に行く音楽。調性も内藤先生のお話にあったが、2つの調性を同時にもたせた部分があり、おそらくこの技法はシューベルトが最初ではないかと。それを意識しつつ音程を取る作業は新しい発見もあり楽しい。
シューベルトのベーレンライター版について
「シューベルトのdim.は、decresc.と区別する」話を書いたところで、ベーレンライター版について調べたくなってググってみた。
「ベーレンライター版シューベルト交響曲全集」に関する資料で、「グレート」に関して触れている。演奏する側としては、アクセントなのかデクレッシェンドなのかの違いは大きな問題である。小生がバスーンを吹き始めて最初にシューベルトの「未完成」を演奏した頃(今からおよそ30年前)は、何も知らなくて渡された楽譜に書いてある「記号」の通りに吹いていたし、勿論指揮は、現役の高校生がしていたから、その辺りに深く追求もなかった。その後、大学オケの時にもう一度演奏しているが、やはりその時も深い考察はなかった。「未完成」に関しての版の考察は、ここに詳しい。「グレート」は、過去に合奏集団不協和音で演奏しているが、その時には、まだベーレンライター版が出る前だったので、不協和音なりの解釈(指揮者S氏の解釈による書き込み)で演奏した。
今回、「グレート」のベーレンライター版では、最終楽章の最後は、アクセント(>)にフォルツァンド(fz)がついている。決してデクレッシェンドではない。とにかく、悩み多き「アクセントかデクレッシェンドか問題」。指揮者ジークハルト氏がマエストロ・サロンで述べているが、要は、シューベルトは非常にせっかちな性格だったようで、非常に筆が荒かったと。それで、このような問題を残してしまったわけだ。
小生は、今回のベーレンライター版のパート譜に関しては、全くの先入観無しに演奏しているので、アクセントは、アクセントとして、decresc.は、それとして、またdim.は、内藤先生の考えるそれとして演奏することにしたい。
「ベーレンライター版シューベルト交響曲全集」に関する資料で、「グレート」に関して触れている。演奏する側としては、アクセントなのかデクレッシェンドなのかの違いは大きな問題である。小生がバスーンを吹き始めて最初にシューベルトの「未完成」を演奏した頃(今からおよそ30年前)は、何も知らなくて渡された楽譜に書いてある「記号」の通りに吹いていたし、勿論指揮は、現役の高校生がしていたから、その辺りに深く追求もなかった。その後、大学オケの時にもう一度演奏しているが、やはりその時も深い考察はなかった。「未完成」に関しての版の考察は、ここに詳しい。「グレート」は、過去に合奏集団不協和音で演奏しているが、その時には、まだベーレンライター版が出る前だったので、不協和音なりの解釈(指揮者S氏の解釈による書き込み)で演奏した。
今回、「グレート」のベーレンライター版では、最終楽章の最後は、アクセント(>)にフォルツァンド(fz)がついている。決してデクレッシェンドではない。とにかく、悩み多き「アクセントかデクレッシェンドか問題」。指揮者ジークハルト氏がマエストロ・サロンで述べているが、要は、シューベルトは非常にせっかちな性格だったようで、非常に筆が荒かったと。それで、このような問題を残してしまったわけだ。
小生は、今回のベーレンライター版のパート譜に関しては、全くの先入観無しに演奏しているので、アクセントは、アクセントとして、decresc.は、それとして、またdim.は、内藤先生の考えるそれとして演奏することにしたい。
「電車男」
「電車男」を今朝の通勤時に読み終えた。まぁ、2ちゃんねるに出て「やじうま Watch[2004/05/25]」に出たあたりで興味を持ち、CNET Japanの[梅田望夫・英語で読むITトレンド]で「「電車男」に見る2ch文学の可能性」と取り上げられた時点でかなり読みたい衝動にかられていたのだが、直接2ちゃんねるに行く時間と暇もなく、結局は、本で読んだという次第。
まぁ、ラブ・ストーリーと言えばそうなのだが、匿名投稿で「電車男」をサポートをする「毒男」たちの「優しさ」に感動し、ちょっとだけ「ドキドキ」したりもした。あと、「漏れ」が「俺」だったり、「ノシ」が「またね」という意味であることなどを勉強させてもらった。
まぁ、ラブ・ストーリーと言えばそうなのだが、匿名投稿で「電車男」をサポートをする「毒男」たちの「優しさ」に感動し、ちょっとだけ「ドキドキ」したりもした。あと、「漏れ」が「俺」だったり、「ノシ」が「またね」という意味であることなどを勉強させてもらった。
シューベルトのdim.は、decresc.と区別する
ということを10/30の初練習の際に内藤先生がおっしゃっていたということで、パート譜(ベーレンライター版)をチェックしてみたところ、第2楽章の319小節目と340小節目、第4楽章の953小節目に"dim."が書いてある(その他にあったら、教えてくだされ)。先生曰く、「dim.は、rit.の意味も含んだ特別の意味で書かれている可能性がある。decresc.は、松葉のdim.と同じ意味。」ということだそうだ。なるほど、確かにdim.が書いてあるところは、音楽的にも表情としてもちょっと景色が違うところだ。このあたり、ベーレンライター版を使用したプロオケの演奏でどのように違いを出しているか興味深い。
祖父、坂本万七のこと
Googleで、「坂本万七」をキーワードにして検索をしてみて欲しい。その結果に出てくるのは、私の母方の祖父で、写真家であった「坂本万七」の写真に関することが主である。国宝や重要文化財になっている仏像、絵巻物、焼き物、絵画などかなりの写真を撮っていた(法隆寺、蓮實重康博士旧蔵美術史研究資料、写された国宝などなど色々!)が、貴重な記録として昭和10年代の沖縄の写真がある。また、版画家の棟方志功氏との交友関係や武者小路実篤氏との交流もあった。
祖父の墓石の「坂本家」の字は、武者小路実篤氏によるものである。「新しき村」にも参加していたらしい。写真の仕事は、母の兄である坂本明美が「坂本万七寫眞研究所」として受け継いできたが、とうとう今年いっぱいで閉じるらしい。たまたまその伯父が同じマンションに引っ越してくることになって母から色々と話を聞いているうちに懐かしくなって、ググってしまった。そう、祖父が他界してから今年でもう30年経ったんだ…。祖父の葬式の時、祖父が愛用していた黒い革靴を履いていたっけなぁ…。初孫だった私は、非常にかわいがってもらった。「交流」という雑誌の表紙の写真に祖父が撮った私の写真が採用されたこともあった。五島美術館の芝生の上で、凧を揚げようとしている私の顔のアップだ。おそらく小学校に入学する前だったと思う。懐かしい思い出が沢山蘇ってしまった。
祖父の墓石の「坂本家」の字は、武者小路実篤氏によるものである。「新しき村」にも参加していたらしい。写真の仕事は、母の兄である坂本明美が「坂本万七寫眞研究所」として受け継いできたが、とうとう今年いっぱいで閉じるらしい。たまたまその伯父が同じマンションに引っ越してくることになって母から色々と話を聞いているうちに懐かしくなって、ググってしまった。そう、祖父が他界してから今年でもう30年経ったんだ…。祖父の葬式の時、祖父が愛用していた黒い革靴を履いていたっけなぁ…。初孫だった私は、非常にかわいがってもらった。「交流」という雑誌の表紙の写真に祖父が撮った私の写真が採用されたこともあった。五島美術館の芝生の上で、凧を揚げようとしている私の顔のアップだ。おそらく小学校に入学する前だったと思う。懐かしい思い出が沢山蘇ってしまった。
斉藤先生の管分奏
今日の練習は、久々に東京芸術劇場の中リハ。ここに来て、過去のシンフォニカの演奏会の記憶が蘇った。やはり第10回定期演奏会の『英雄の生涯』と第23回定演の『アルプス交響曲』が印象深い。
さて、今日は、ワーグナーとR.シュトラウスのみだったので、「影のない女」のみ練習に出席。今日、斉藤先生から受けたアドヴァイスで一番参考になったのが、息の使い方。「影のない女」の冒頭のフレーズ、付点8分音符+16分音符+4分音符の下降音形。この音形では特に16分音符がどうしても弱く聞こえる。しかも低音部だ。さぁ、あなたならどうする? 通常、息のスピードを速くして強く吹こうとしないか? しかし、先生のアドヴァイスは異なっていた。「寒い時に手がかじかむと『ハーッ』って手を口の前にかざして息を吹きかけるでしょ。あの時の息の使い方を思い出してください。あの息のスピードは決して速くはないけど、太い息が満遍なくかかるでしょ。あの息の使い方を楽器に使ってください。息を早く入れなくても太い息で楽器が鳴るようにしてみると、よく響くイイ音になります」。確かにこれは案外できそうで出来ないことで、しかも自覚としては「あまり音が大きくない」気がして何となく不安になるのだが、アウトプットとしては実践的で、この吹き方のほうが音程が合いやすく、最終的には管楽器として太くて音程のあったイイ響きがするんだと考える。あの息の使い方、そうそう、息を早く吹いても周りの冷たい空気を巻き込んでしまって、かじかんだ手を温めることは出来ない。その先のppの部分。ここは単に音を小さくするというよりは、「攻めの姿勢」の音出しをしつつ、音量としては、ちょっと「引いた感じ」にして吹くことにより、音楽の前進性が損なわれないという指摘。確かにppを弱くゆっくり吹く部分も他の曲にはあるが、リヒャルトのこの部分は、音楽的にも前に行く音楽なので、このような注意をしつつ吹くべきだ。つまり、ここは、息のスピードは速いのだが音量としては「引いた」感じに吹くわけ。その後の練習も、先生のこのアドヴァイスを頭においてやることによって自分なりに成果が出てきたと思った。
さて、今日は、ワーグナーとR.シュトラウスのみだったので、「影のない女」のみ練習に出席。今日、斉藤先生から受けたアドヴァイスで一番参考になったのが、息の使い方。「影のない女」の冒頭のフレーズ、付点8分音符+16分音符+4分音符の下降音形。この音形では特に16分音符がどうしても弱く聞こえる。しかも低音部だ。さぁ、あなたならどうする? 通常、息のスピードを速くして強く吹こうとしないか? しかし、先生のアドヴァイスは異なっていた。「寒い時に手がかじかむと『ハーッ』って手を口の前にかざして息を吹きかけるでしょ。あの時の息の使い方を思い出してください。あの息のスピードは決して速くはないけど、太い息が満遍なくかかるでしょ。あの息の使い方を楽器に使ってください。息を早く入れなくても太い息で楽器が鳴るようにしてみると、よく響くイイ音になります」。確かにこれは案外できそうで出来ないことで、しかも自覚としては「あまり音が大きくない」気がして何となく不安になるのだが、アウトプットとしては実践的で、この吹き方のほうが音程が合いやすく、最終的には管楽器として太くて音程のあったイイ響きがするんだと考える。あの息の使い方、そうそう、息を早く吹いても周りの冷たい空気を巻き込んでしまって、かじかんだ手を温めることは出来ない。その先のppの部分。ここは単に音を小さくするというよりは、「攻めの姿勢」の音出しをしつつ、音量としては、ちょっと「引いた感じ」にして吹くことにより、音楽の前進性が損なわれないという指摘。確かにppを弱くゆっくり吹く部分も他の曲にはあるが、リヒャルトのこの部分は、音楽的にも前に行く音楽なので、このような注意をしつつ吹くべきだ。つまり、ここは、息のスピードは速いのだが音量としては「引いた」感じに吹くわけ。その後の練習も、先生のこのアドヴァイスを頭においてやることによって自分なりに成果が出てきたと思った。
「バスーン」でググると…
ついこの前まで、Googleで「バスーン」をキーワードにググると、僭越ながらこの「バスーン♪の杜」が検索結果のトップに出てきていたのだが、今日見てみたら、なんと「日本ファゴット(バスーン)協会」がトップだった。このサイト、行ってみるとそのトップページの情報は昨年の物だし、あまり頻繁に更新していないように思うのだが、なぜかそういう結果になっている。う〜ん、よーわからん。一般的にGoogleの検索結果は、他のPageRankの高いサイトからのリンクが多いサイトとか、検索結果ランキングの上位になるためのいくつかの最適化のポイント(SEO)があるので、拙ブログもそれなりの工夫はしている(PageRankは、「日本ファゴット(バスーン)協会」が「3」、拙ブログが、「4」である)のだが、正直言ってちょっとショック…^^;。ちなみに、「ファゴット」でググってもトップの結果は変わらず。
霜月に思う
もう今年も残すところ後2ヶ月となった。何だか、今年は異常気象の年という印象。台風の上陸、長雨、そして地震。秋が無くて、すぐに冬になっちゃう感じなのだが、今朝などは「生暖かい」気温。東京では濃霧が朝方に発生した。
アシュケナージ氏が演奏中に指揮棒を折り、それが左手に刺さり退場のニュースは、ご存知の方も多いと存じるが、「トリビアの泉」で取り上げられたネタに「指揮棒が刺さって死んだ人がいる」というのがあったそうだ。亡くなったのはリュリと云うルイ14世お抱えの音楽家で、当時の指揮棒は、現在のとは形状が異なり、先の尖った杖だったそうで、それをコツコツと床に打ちつけて指揮をしていた(これを指揮というのかぁ…?)らしい。そして、力あまり自分の足の甲をその尖った杖の先で貫いてしまったらく、その傷がひどく化膿した結果亡くなったということらしい。アシュケナージ氏、ご本人は、指揮を続行したかったようだが、ドクターストップが入り、結局N響は、コンサートマスターの堀氏の弾き振りでチャイ4を演奏したというのだから、さぞかし大変だったろう。そのあたりのこと、高校オケのOBで、現N響Vn奏者の根津氏のホームページ(10.23のところ)に書いてあった。かつて、シンフォニカの第2回定期演奏会の本番で、この曲の演奏中、第1楽章の途中で、弦楽器と管打楽器がずれて、もうちょっとで崩壊することになりそうな経験をしている自分としては、あの曲を指揮者無しでコンマスの弾き振りで演奏できるプロオケのすごさを垣間見た気がした。
アシュケナージ氏が演奏中に指揮棒を折り、それが左手に刺さり退場のニュースは、ご存知の方も多いと存じるが、「トリビアの泉」で取り上げられたネタに「指揮棒が刺さって死んだ人がいる」というのがあったそうだ。亡くなったのはリュリと云うルイ14世お抱えの音楽家で、当時の指揮棒は、現在のとは形状が異なり、先の尖った杖だったそうで、それをコツコツと床に打ちつけて指揮をしていた(これを指揮というのかぁ…?)らしい。そして、力あまり自分の足の甲をその尖った杖の先で貫いてしまったらく、その傷がひどく化膿した結果亡くなったということらしい。アシュケナージ氏、ご本人は、指揮を続行したかったようだが、ドクターストップが入り、結局N響は、コンサートマスターの堀氏の弾き振りでチャイ4を演奏したというのだから、さぞかし大変だったろう。そのあたりのこと、高校オケのOBで、現N響Vn奏者の根津氏のホームページ(10.23のところ)に書いてあった。かつて、シンフォニカの第2回定期演奏会の本番で、この曲の演奏中、第1楽章の途中で、弦楽器と管打楽器がずれて、もうちょっとで崩壊することになりそうな経験をしている自分としては、あの曲を指揮者無しでコンマスの弾き振りで演奏できるプロオケのすごさを垣間見た気がした。











